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特集:LGBTと行政[上編]

illustration_Kenro Shinchi・文/永易至文(行政書士/特定非営利活動法人 パープル・ハンズ事務局長)

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地方自治体による同性カップル公認制度が拓くもの

目下、ダイナミックな動きが続いているLGBTなど性的マイノリティへの取り組み。そのきっかけとなったのは、東京の渋谷区と世田谷区で2015年に始まった「同性パートナーシップ公認」であることは疑いないでしょう。その後、同様の取り組みは、2016年に入ると、三重県・伊賀市(4月)、兵庫県・宝塚市(6月)、沖縄県・那覇市(7月)でも始まり、2017年6月からは政令指定都市で初めて北海道・札幌市でも実施されています。

この動きは、①同性カップルの存在は隠すものではなく、社会の一員である、②にもかかわらず、同性カップルの関係が法的・社会的になんら保証されていない、ということを今さらながら明らかにしました。

また、③同性カップル以外にも、トランスジェンダーをはじめとする多様な性的マイノリティの存在と、学校・企業・家庭・地域社会や老後までさまざまな場面で困難がある、ということも気づかせてくれました。

● 渋谷・世田谷にあった長い前史

2015年2月、渋谷区が同性カップルを「婚姻相当の関係」と認めると報じられたことには、突然の感が強く、さまざまな憶測も飛び交いました。3月には、渋谷区にきびすを接して世田谷区も取り組みに名乗りを上げました。しかし、現在、公表・公刊されている資料や書籍からは、かなり長い前史や取り組みがあったことが知られます。

渋谷区では、2012年から毎年の6月議会でのちに取り組みの中心となる区議らが同性パートナー証明について質問を重ね、そのひとりはNPO活動を通じて性的マイノリティ当事者と交流し、理解を深めていました。2014年、新たに作られる区の多様性条例に性的マイノリティも含む旨の区長答弁を得て、7月から条例制定のための検討会が設置され、同性パートナーシップ証明についても議論が進められました。検討会では2名の当事者が参考人として招かれ、自身のライフヒストリーや当事者の現状を伝えました。

一方、世田谷区では2003年以来、当事者の区議会議員が質問を重ね、区の書類から不要な性別欄を廃止したり、教員や職員への研修や当事者相談窓口の明確化などに取り組むほか、2013年には区の憲法ともいうべき基本計画に「性的マイノリティなどを理由に差別されない」と明示されました。しかし、区の窓口へ当事者からの陳情が少なく、その存在が見えづらかったことをふまえ、2014年秋からその議員を中心に区内在住の当事者ネットワーク活動が進められ、欧米に例をとった同性パートナーシップ公認制度についても議論を交わしていたのです。

ちょうどそこに渋谷区の動きが報じられ、世田谷区でもネットワークが存在を明らかにしました。2015年3月、メンバー17人が区役所を訪れ、住民票と納税証明を提示し、住民としての要望書を区長に手渡し区幹部らと懇談しました。

2015年に突然、表面化した動きには、こうした長い前史があったのです。

● パートナーとしての認定はどう受けるのか

渋谷区の証明取得には、2種類の公正証書の作成が必要です。耳慣れない公正証書というコトバや費用額には、さまざまな声があがりました。公正証書は、公証人という特別な公務員が作成した文書で、公文書としての高い証拠能力があります。2種のうちの任意後見契約は、自分が認知症などで判断能力を失ったとき、財産管理などの代理権をあらかじめ相手に与えておくもの。もう一つの共同生活の合意契約は、二人の間での約束事です。区ではこの2つの公正証書によって「病めるとき」も「すこやかなるとき」もをカバーするものとし、こうした真摯さがなければ証明に値しないと考えました。

しかし、そのハードルの高さは早くから指摘されました。条例成立後、パートナーシップ証明にかかわる具体的規則を検討する会議では、将来の任意後見契約作成を互いに約する趣旨が入っていれば、共同生活の合意契約の一本だけでも証明を出す特例制度が設けられました。

一方、世田谷区では区役所へ二人で出かけ、自分たちがパートナーの関係であることを宣誓し、区が宣誓書に受領印を押してその写しを渡すとともに受領証も交付するというものです。これらは行政運営の内部マニュアルである要綱として制定されました。簡便な半面、悪用の危険を指摘する人もいますが、男女の婚姻も婚姻意思が要件であり、意思なく宣誓(届け出)すれば「詐欺」ともなりかねません。

● 始まった「同性カップルOK」のドミノだおし

自治体による同性パートナーシップ公認の動きは、2010年代以後の欧米での同性婚の動きがいよいよ日本にも上陸したかと、ある種の衝撃をもって迎えられました。国会では、これは憲法違反だ、条例が法律以上のことを規定している、との批判もありました。しかし、憲法と同性婚の関係については学者間でも見解が分かれており、また婚姻相当と認めるだけで自治体が新たな婚姻制度を創ったわけではありません。当時の安倍首相や谷垣法相の答弁は、いまではだれも覚えていないでしょう。

渋谷区の証明書も世田谷区の宣誓書もあくまで形式的なもので、それ自体に法的効力はありません。渋谷区で証明を受けた人は前提として公正証書も作っているので、必然的に二人のあいだである程度、契約にもとづく法的保証があるとはいえるでしょう。

しかし、冒頭で述べたように、社会の同性パートナーへの認識や対応は、これを契機に大きく変化しました。同性カップルといえば、「ああ、渋谷の」「ああ、世田谷の」で通じるようになったのです。従来、不動産賃貸や病院での面会・看護など、なんら法的根拠がないにもかかわらず「家族優先」が慣例とされてきた場面でも、話の通りが早くなりました。

さらに、生命保険の受取人指定、携帯電話の家族割、航空会社のマイルへの家族登録、賃貸住宅の検索サイトなど、同性パートナーを家族と認める企業がつぎつぎ名乗りをあげています。当初は両区の書類取得者に限る対応をした企業もありましたが、全国対応に変わりつつあります。また、企業等でも、規則や内規を変更して慶弔金を給付したり、同性パートナーについても忌引きや介護休暇を認める対応も登場しています。

法的効力のない「ただの紙」が、全国の人びとの意識と対応を、ドミノだおしのように変えつつあるのです。

しかし、お金に関する場面や相続など法的手続きにかんする場面では、効力はありません。現在、お金(財産管理)の代理は婚姻する夫婦でも委任状や契約がなければ勝手にはできませんし、法律が変わらなければ相続など配偶者の権利は保証されません。

興味深いのは区営住宅への対応です。国の公営住宅法から親族同居要件が削除された現在、同性カップルを男女の夫婦と同等に扱うかは各自治体の裁量に任されています。渋谷区は証明を受けた同性カップルが区営住宅へ応募することを認めています。また、世田谷区でも、2017年6月、区営住宅条例を改正し、同性カップルの申し込みが認められるようになりました。

■ 地方自治体の同性パートナー認定制度

2015年
3月31日
「パートナーシップ証明」について明記した「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」が渋谷区議会にて賛成多数で成立。翌4月1日に施行。
7月29日
「世田谷区パートナーシップの宣誓の取扱いに関する要綱案」が世田谷区議会に報告される。
11月5日
渋谷区でパートナーシップ証明書の交付が始まる。
https://www.city.shibuya.tokyo.jp/est/oowada/partnership.html
世田谷区で同性パートナーシップ宣誓書受領証の交付式が行われる。
http://www.city.setagaya.lg.jp/kurashi/101/167/1871/d00142701.html
2016年
4月1日
三重県伊賀市が、要綱による同性カップルに対する「パートナーシップ宣誓制度」を開始。
http://www.city.iga.lg.jp/0000001114.html
6月1日
兵庫県宝塚市が、要綱による同性カップルに対する「パートナーシップ宣誓制度」を開始。
http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/kyoiku/jinken/1021192/1022571.html
7月8日
沖縄県那覇市が、要綱による同性カップルに対する「パートナーシップ宣誓制度」を開始。
http://www.city.naha.okinawa.jp/kakuka/heiwadanjyo/osirase/partnership78.html
2017年
6月1日
北海道札幌市が政令指定都市では初めて、要綱による「パートナーシップ宣誓制度」を開始。
http://www.city.sapporo.jp/shimin/danjo/lgbt/seido.html

*本記事は『BEYOND』issue 3「2017年春号」を一部修正し、転載したものです。

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